東京地方裁判所 昭和48年(ヨ)2264号 判決 1976年3月24日
申請人 甲野太郎
右訴訟代理人弁護士 小長井良浩
同 長谷川幸雄
同 木村壮
被申請人 モービル石油株式会社
右代表者代表取締役 ダブリュー・ダブリュー・リチャードソン
右訴訟代理人弁護士 春田政義
主文
本件申請を却下する。
訴訟費用は申請人の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 申請人
1 申請人が被申請人会社の従業員としての地位を有することを仮に定める。
2 被申請人は、申請人を被申請人会社の鶴見油槽所において仮に就労させなければならない。
3 被申請人は、申請人に対し、金五六一万二四七〇円、昭和五一年一月から本案判決確定の日に至るまで毎月二五日かぎり各金一〇万三六〇〇円ならびに昭和五一年から本案判決確定の日に至るまで毎年七月七日および一一月三〇日かぎり各金三五万八一九五円の金員を仮に支払え。
4 訴訟費用は被申請人の負担とする。
二 被申請人
主文と同旨。
≪以下事実省略≫
理由
一 申請の理由第1項および第2項記載の各事実は、当事者間に争いがない。
二1 そこで、まず、被申請人の抗弁について判断する。
2 就業規則および労働協約に、被申請人会社の新規採用従業員の試用期間およびその期間中における従業員の解雇に関して、抗弁第1項記載のとおりの各規定があったこと、申請人が昭和四六年一一月一日に被申請人会社に新たに採用された従業員であったこと、ならびに被申請人が、申請人は「業務(に)不適当」であるとして、昭和四七年四月一日付内容証明郵便で申請人に対し本件解雇の意思表示をしたことは、いずれも当事者間に争いがない。
3 また、被申請人が本件解雇の意思表示の事由として主張する事実に関しては、申請人が、昭和四七年一月一三日の早朝、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪、傷害罪および現住建造物放火罪の各嫌疑を受けて逮捕され、引続き勾留されたこと、そのため、申請人が被申請人会社の従業員としての業務に従事することができなくなったこと、申請人が、同月二〇日被申請人に到達の書留郵便により、抗弁第3項の(一)記載のとおりの休暇届を被申請人に提出したこと、その後、被申請人が申請人を無給の欠勤者として取り扱っていたこと、ならびに申請人が、同年二月二日、逮捕、勾留の罪名と同じ罪名で東京地方裁判所に起訴され、勾留もそのまま継続されたことは、いずれも当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、被申請人は、申請人が起訴されてから昭和四七年三月末に至るまでの約二か月間、事態の推移を見守るとともに、その係員ないし代理人が警視庁および鶴見警察署の警察官や東京地方検察庁の検察官に何回も面会して、申請人の起訴事件の内容や将来の身柄釈放の見通しなどについて調査したが、起訴事件の概要やその事件のうち申請人らが渋谷警察署神山派出所の建物に火災びんを投げこんで放火したという事件が必要的保釈の許されない重罪事件であることなどは判明したものの、申請人が保釈等により早期に釈放される可能性については何らの見通しも得られなかったので、申請人の将来の就労についての具体的な見通しがたたないとして、本件解雇の意思表示をするに至ったものであることが認められ、さらに、≪証拠省略≫によれば、申請人について保釈許可決定があったのは昭和四七年一二月二三日であり、申請人が実際に釈放されたのは同月二六日であったことが認められる。
4 ところで、就業規則および労働協約の前記各規定にいう「業務(に)不適当」とは、これらが試用期間中の従業員の解雇に関する規定中の文言であることに鑑み、当該従業員の試用期間中における勤務の状態ないし成績から判断して、その従業員につき雇用契約に基づいて定められた業務を債務の本旨に従って確実に履行するに足りる能力ないし適性がないと認められる場合を意味するものと解するのが相当である。しかしながら、試用期間中の従業員に右のような能力ないし適性がないというのは、単に、当該従業員の知識、技能、体力等の執務能力がないかまたはこれが劣っているため、その従業員につき債務の本旨に従った業務の履行を期待することができないと認められる場合を指すのみならず、当該従業員の知識、技能、体力等の執務能力の有無ないし優劣はともかく、その従業員が、試用期間中に、労務の提供を拒否すべき正当な理由(例えば、雇主である被申請人が賃金等の支払債務を履行しないとか、その従業員の所属する労働組合が雇主に対する争議行為としてのストライキをしているなどの理由)がないのにかかわらず、長期間欠勤するとか、断続的に欠勤を繰り返すなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も所定の勤務時間および勤務場所において確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合をも当然に含むものと解すべきである。けだし、従業員が雇用契約によって定められた勤務時間および勤務場所に確実に出勤して労務の提供をすることは、従業員の最も基本的な義務であり、雇主も、この義務が確実に履行され、従業員の執務能力を計画的に活用しうることを期待して雇用契約を締結するのであって、従業員がまずこの義務を確実に履行しないかぎり、その従業員がいかに優れた知識、技能、体力等の執務能力を有しているとしても、これを十分に発揮することができず、雇主も雇用契約を締結した目的を達することができないのであるから、従業員が試用期間中に正当な理由なく長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合をも、前記各規定にいう「業務(に)不適当」の中に含め、そのような場合も試用期間中の従業員の解雇事由となしうるものと解するのが相当であるからである。
なお、当然のことながら、従業員が長期間欠勤するなどして確実な労務の提供をしない場合には、その従業員がいかに優れた知識、技能、体力等の執務能力を有しているとしても、これを十分に発揮することができないのであり、雇主もその従業員の執務能力を有効に活用することができないのであるから、右に述べたとおり、従業員が試用期間中に正当な理由なく長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合には、それ以上に、その従業員の知識、技能、体力等の執務能力の有無や優劣を問題にするまでもなく、その従業員は「業務(に)不適当」であると認め、その従業員を解雇することができるものと解すべきである。
5 右に述べたとおり、就業規則および労働協約の前記各規定にいう「業務(に)不適当」の中には、従業員が試用期間中に正当な理由なく長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合をも当然に含むものと解すべきであるが、しかし、その長期間の欠勤などが当該従業員の責に帰することのできない障害事由(例えば、その従業員の責に帰することのできない不慮の交通事故や第三者による不法監禁など)によるものであると認められるときには、このような場合にまで右各規定によりその従業員を解雇することができるものと解してその既得の地位および利益を奪うのは酷に過ぎ不当であるから、このような場合には、当該従業員が障害事由の終了後確実に出勤して労務の提供をなしうるようになったと認められ、かつ、その従業員の知識、技能、体力等の執務能力にも問題がないと認められるかぎり、右各規定に基づく解雇は許されないものと解するのが相当である。但し、このような場合であっても、長期間の欠勤などが当該従業員の責に帰することのできない事由によるものであることの立証責任は、その従業員の側で負担しなければならないものと解すべきである。けだし、立証責任の分配に関する右のような解釈は、契約上の債務不履行の責任について一般に承認されている立証責任分配の原則に合致するものであるし、また、契約の当事者間の調整原理である公平の理念にも適うものであるからである。
6 ところで、以上に述べた試用期間中の従業員の長期間欠勤などの理由が刑事事件による逮捕、勾留である場合について考えるに、刑事事件による逮捕、勾留が、その刑事事件に直接関係のない雇主に対する関係において、労務の提供を拒否すべき正当な理由となりえないことはいうまでもない。また、刑事事件による逮捕、勾留が、当該従業員の有責な犯罪行為に起因するものであり、かつ、逮捕、勾留の要件も具備したものである場合には、たとえ逮捕、勾留自体はその従業員の意思や予測に反するものであっても、その逮捕、勾留による長期間の欠勤などが不可抗力ないし従業員の責に帰すべからざる事由によるものであるといえないことは明らかである。さらに、このような逮捕、勾留による長期間の欠勤などを、就業規則および労働協約の前記各規定の適用上、その他の理由による長期間の欠勤などと区別して、免責事由やその立証責任について、従業員に利益に、したがって雇主である被申請人に不利益に解すべき合理的理由も考えられない。したがって、右の第4項および第5項において述べたところは、試用期間中の従業員の長期間欠勤などの理由が刑事事件による逮捕、勾留である場合にも、そのまま妥当するものと解すべきである。すなわち、試用期間中の従業員が刑事事件により逮捕、勾留されて長期間欠勤するなどの状態を続けているため、その従業員につき将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認められる場合には、その逮捕、勾留による長期間の欠勤などが当該従業員の責に帰することのできない事由(例えば、その逮捕、勾留が人違いによるものであるとか、その勾留が刑事訴訟法第六〇条所定の要件を具備していないものであるなどの事由)によるものであることの立証のないかぎり、その従業員の知識、技能、体力等の執務能力の有無ないし優劣を問題にするまでもなく、その従業員は「業務(に)不適当」であるとして、その従業員を解雇することができるものと解すべきである。
たしかに、刑事事件の訴訟手続においては、適法に逮捕、勾留された者であっても、被告事件について有罪の確定判決があるまでは無罪の推定を受け、その者が被告事件に関与したものであることについての立証責任は原則として検察官の側で負担しなければならない。しかし、刑事事件の訴訟手続におけるこのような無罪の推定や立証責任の分配は、刑事事件の特質および刑事訴訟の構造に由来するものであって、対等な私人間の紛争にすぎない民事事件(本件のような雇主と従業員との間の労働関係事件であっても、雇主は、経済的には通常従業員より優位に立つものの、訴訟手続においては、刑事訴訟法上検察官に対して認められるような特別の権限は一切認められておらず、従業員と全く対等である。)の訴訟手続における立証責任の分配にまで影響を及ぼすものとは考えられないから、試用期間中の従業員の長期間欠勤などの理由が刑事事件による逮捕、勾留である場合であっても、その従業員が前記各規定による解雇を免れるためには、その長期間の欠勤などが自己の責に帰することのできない事由によるものであることを自己の責任において立証しなければならないものというべきである。
7 そこで、本件について検討するに、前記の第2項および第3項において認定した事実関係(当事者間に争いのない事実関係を含む。)によれば、申請人は、昭和四六年一一月一日に被申請人会社に新たに採用された従業員であって、採用後六か月間は就業規則および労働協約の前記各規定による試用期間の適用を受けるべき従業員であったところ、採用後二か月余りを経過したにすぎない昭和四七年一月一三日の早朝、兇器準備集合罪、公務執行妨害罪、傷害罪および現住建造物放火罪の各嫌疑を受けて逮捕されたうえ、引続き勾留され、さらに、同年二月二日には、右逮捕、勾留の罪名と同じ罪名で起訴されるに至り、その後も勾留を継続され、逮捕後一一か月余り、また、試用期間経過後七か月余りを経過した同年一二月二六日になってはじめて保釈された(但し、保釈許可決定のあった日は同月二三日である。)ものであって、右逮捕後は被申請人会社を欠勤して従業員としての業務に従事することができなかったというのであり、そして、右勾留および起訴の罪名となっている現在建造物放火罪(刑法第一〇八条参照。)が必要的保釈(刑事訴訟法第八九条参照。)の許されない重罪事件に該当するものであることは明らかである。他方、前記第3項において認定した事実関係によれは、被申請人は、申請人が起訴されてから昭和四七年三月末日に至るまでの約二か月間、事態の推移を見守るとともに、その係員ないし代理人が警察官や検察官に面会して、申請人の将来の身柄釈放の見通しなどについて調査したが、申請人が保釈等により早期に釈放される可能性については何らの見通しも得られなかったというのであり、さらに被申請人が本件解雇の意思表示をした昭和四七年四月一日当時において、申請人が近日中に無罪の判決または保釈許可の決定等を受けて早期に釈放されるという情報や徴候があったとの事実については、何らの疎明もないのである。そこで、被申請人のような右の刑事事件自体にもまたその捜査や訴訟にも直接関係のない第三者が、本件解雇の意思表示の時点において、以上に述べたような事実関係に基づいて判断すれば、申請人が右刑事事件により勾留されているため、将来も確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、それを期待することができるか否かが不明であると認定したとしても、それは無理からぬことであったといわざるをえない。したがって、右の逮捕、勾留による長期間の欠勤が申請人の責に帰することのできない事由によるものであることの立証のないかぎり、被申請人が、本件解雇の意思表示をなすに当たって、前記認定のとおり、申請人が右刑事事件により逮捕、勾留されて長期間の欠勤を続けているため、その将来の就労についての具体的な見通しがたたない(これは、将来確実に労務の提供がなされることを期待することができないか、または、少なくともそれを期待することができるか否かが不明であるというのと、同趣旨と解することができる。)と認定し、申請人は、就業規則および労働協約の前記各規定にいう「業務(に)不適当」であると判断したとしても、その認定、判断は不当なものではなかったというべきである。そして、再抗弁に対する判断において後述するとおり、申請人の逮捕、勾留による長期間の欠勤が申請人の責に帰することのできない事由によるものであることについての立証はないのである。
8 そうすると、被申請人の抗弁は、申請人の主張する再抗弁の理由がないかぎり、その理由があるといわなければならない。
三1 ところで、申請人は、再抗弁において、いろいろ主張し、本件解雇の意思表示の効力を争っているので、以下これらの主張の当否について判断する。
2 まず、再抗弁第1項記載の主張について判断するに、労働協約第三六条第三項に申請人の主張するとおりの規定があったこと、昭和四七年当時申請人が組合員であったことおよび被申請人が組合と協議することなく本件解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争いがない。しかしながら、≪証拠省略≫によって認められる、就業規則および労働協約の従業員の解雇に関する各規定の配列および表現からみれは、労働協約第三六条第三項にいう「会社が業務上必要により組合員を解雇しようとする場合」とは、組合員である従業員の側には格別問題がないのにかかわらず、被申請人会社の側にその業務を中止、停止または縮小しなければならない必要が生じたため、就業規則第五〇条第五号および労働協約第四一条第七号等により、従業員を解雇しようとする場合を指すものであって、前述のとおり、従業員の側に雇用契約に基づいて定められた業務を債務の本旨に従って確実に履行するに足りる能力ないし適性がないと認められるため、就業規則第一〇条第一項および労働協約第三七条第二項により、試用期間中の従業員を解雇しようとする場合は含まないものと解するのが相当である。したがって、被申請人が組合と協議することなく本件解雇の意思表示をしたとしても、それは何ら労働協約第三六条第三項の規定に違反するものではない。
3 次に、再抗弁第2項記載の主張について判断するに、就業規則第一〇条第一項および労働協約第三七条第二項の各規定の表現からみて、被申請人会社に新たに採用された従業員については、その従業員の従事する業務の種類や内容を問わず、すべて就業規則の右規定の適用があるものと解するのが相当であって、採用の当初から本採用の従業員と同一の業務に従事している新規採用従業員については右規定の適用がないと解すべき根拠はない。なお、≪証拠省略≫によれは、申請人自身も、雇用契約締結の際、六か月間の試用期間の適用を受けるべきことを明確に了解していたことが認められる。したがって、申請人の右主張は、独自の見解に立つものにすぎず、採用することができない。
4 再抗弁第3項記載の主張が主張自体失当であって採用することができないことは、抗弁に対する判断において前述したところから明らかである。
5 さらに、再抗弁第4項記載の主張について判断するに、まず、申請人は、およそ逮捕、勾留による従業員の不就労は、不可抗力によるものであって、従業員の責に帰すべき事由によるものとはいえないと主張するが、抗弁に対する判断において述べたとおり、逮捕、勾留による従業員の不就労も、その逮捕、勾留が当該従業員の有責な犯罪行為に起因する適法な逮捕、勾留である場合には、不可抗力ないし従業員の責に帰すべからざる事由によるものであるといえないことは明らかであるから、右主張は、そのままでは採用することができない。次に、申請人は、申請人に対する逮捕、勾留は全く身に覚えのない被疑事実による不当なものであったと主張しており、そして、≪証拠省略≫によれば、申請人は、勾留理由開示の手続および申請人が裁判所に提出した陳述書において、右主張にそう陳述をしていることが認められ、また、≪証拠省略≫によれは、申請人は、前記刑事事件の発生した当時、その事件現場から一キロメートルぐらい離れた場所にいたものであって、アリバイもある旨供述していることが認められる。しかしながら、申請人の右陳述等はこれを裏付けるに足りる疎明が全くないから、これのみによって、申請人に対する逮捕、勾留がその主張のとおり不当なものであったと認定することは困難である。したがって、再抗弁第4項記載の主張も理由がない。
なお、被申請人が、本件口頭弁論において、申請人がその被告事件につき有責であるか否かおよび申請人に対する逮捕、勾留が不当なものであるか否かは問題にしないと陳述していることは、申請人の主張するとおりである。しかしながら、これは、被申請人が本件解雇の意思表示をしたのは、申請人がその被告事件につき有責であることまたは申請人に対する逮捕、勾留が申請人の関与した刑事事件に基づく正当なものであることを問題にしたものではないという趣旨であって、申請人に対する逮捕、勾留が不当なものであることを争わないとか、その逮捕、勾留による不就労が不可抗力ないし申請人の責に帰すべからざる事由によるものであることを争わないという趣旨でないことは、弁論の全趣旨に照らして、明らかである。したがって、被申請人の右陳述は、再抗弁第4項記載の主張に対する右の判断を左右するものではない。
6 最後に、申請人は、再抗弁第5項において、本件解雇の意思表示は解雇権の濫用によるものであって無効であると主張しているが、以下に述べるとおり、この主張も採用することができない。
(一) まず、申請人は、被申請人が、申請人について、試用期間を延長することなく、直ちに解雇の意思表示をしたことを不当としている。しかしながら、就業規則第一〇条第一項の規定をみれは、被申請人が「業務不適当」と認める従業員を直ちに解雇するか、その試用期間を延長するかは、被申請人の裁量に委ねられていたものと解するのが相当であるのみならず、抗弁に対する判断第7項において述べた事実関係のもとにおいては、被申請人が、申請人について、試用期間を延長することなく、直ちに解雇したとしても、それは無理からぬことであって、権利の濫用とはいえないものというべきである。
(二) 次に、申請人は、申請人に対する逮捕、勾留、起訴は全く職場外での出来事であり、また、その結果、被申請人の職場秩序を乱したり、その社会的信用を毀損したりしたこともないと主張している。しかしながら、被申請人は、申請人が逮捕、勾留されて長期間の欠勤を続けているため、将来の就労についての具体的な見通しがたたないこと、すなわち申請人が「業務(に)不適当」であることを理由として、本件解雇の意思表示をしたものであって、申請人が逮捕、勾留、起訴されたこと自体またはその理由となった刑事事件に関与したこと自体を理由として、本件解雇の意思表示をしたものでもなければ、申請人が逮捕、勾留、起訴されたことにより、被申請人の職場秩序を乱したり、その社会的信用を毀損したりしたことを理由として、本件解雇の意思表示をしたものでもないことは、抗弁に対する判断において前述したとおりであり、かつ、これに反する疎明はないから、申請人の右主張は、本件解雇の意思表示を非難する理由とはなりえない筋違いの主張であるといわなければならない。また、申請人は、その逮捕、勾留による不就労により被申請人の営業に実害を生ぜしめていないと主張しているが、この主張を認めるに足りる疎明はないのみならず、この主張も、それ自体本件解雇の意思表示を非難する理由とはなりえない主張であるというべきである。
(三) 申請人は、被申請人が申請人をその他の試用従業員と差別して取り扱い、申請人に対してのみ習熟するに不可能な業務の訓練を要求したと主張するが、この主張を認めるに足りる疎明はない。したがって、この主張を前提として本件解雇の意思表示を非難する主張も、理由がない。
(四) 申請人は、被申請人が、申請人から休暇届が提出されたころ、組合に対し、申請人が将来釈放されて出勤するまで申請人を無給の欠勤者として取り扱うことを約束したと主張しており、疎甲第一一、第一二号証にはこの主張にそう記載があり、また、証人川口正隆、同山川博康、同田中碩はこの主張にそう証言をしている。しかしながら、申請人が逮捕、勾留された直後であって、その逮捕、勾留の理由となった事件の内容や申請人の起訴、不起訴および将来の身柄拘束の見通しなどが全く不明確な段階において、被申請人が、申請人の身柄拘束期間の長短にかかわらず、申請人の釈放されるまで申請人を無給の欠勤者として取り扱うことを約束したということは不自然であって、右疎甲号証の記載および右証言はにわかに採用することができず、むしろ、≪証拠省略≫のとおり、被申請人は、申請人の逮捕、勾留後の成行きを見定めるに足りる期間暫定的に、申請人を無給の欠勤者として取り扱うことを組合に対し言明していたにすぎないものと認めるのが相当である。したがって、申請人の右主張は採用することができない。
(五) さらに、(五)記載の申請人の主張は、そのとおりの事実が認められるとしても、それだけでは、本件解雇の意思表示が権利の濫用であることを裏付ける主張とはなりえないものというべきである。
7 以上のとおり、申請人の再抗弁は、いずれも理由がないといわなければならない。
四 以上に認定、判断したところから明らかなように、本件仮処分の申請は、その被保全権利の存在についての疎明を欠くものであり、かつ、保証をもってこれに代えるのも相当でないから、結局失当として却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 小野寺規夫 林豊)